クニシ コウスケ   Kosuke KUNISHI
  國司 航佑
   所属   京都外国語大学  外国語学部 イタリア語学科
   職種   講師
発表年月日 2013/10/19
発表テーマ ベネデット・クローチェの文芸批評に関する一考察~クローチェのカルドゥッチ論を巡って
会議名 イタリア学会第61回大会
主催者 イタリア学会
学会区分 全国学会
発表形式 口頭(一般)
開催地名 富山大学(五福きゃんぽす)
発表者・共同発表者 國司航佑
概要 ベネデット ・クローチェ(1866−1952)は、20世紀のイタリアを代表する思想家として名高い人物であるが、その名を学問の世界に知らしめた作品としては、なにより1902年に出版された『表現の学および一般言語学としての美学』が重要である。だが、その思想がイタリアの知識人一般の認知するところとなったのは、クローチェの主催する学術誌 «Critica» が流布し、そこに掲載された彼の文芸批評が多くの読者を獲得したからであった。«Critica»誌が創刊されたのは1903年だが、それから1914年までの間、クローチェはNote sulla letteratura italiana nella seconda metà del secolo XIX(「19世紀後半のイタリア文学についての覚書」)という標題のもと、一連の文芸批評を同誌上に発表している。この連載においては、まずカルドゥッチが論評の対象となり、その後フォガッツァーロ 、ヴェルガ、ディ・ジャーコモ、ダンヌンツィオなど、当代屈指の作家が次々と俎上に載せられていった。これらの評論はその後、クローチェ自らの手により4巻立の書物にまとめられ、1914年および1915年に、Lette-ratura della nuova Italia(『新イタリアの文学 』)として刊行されることになる。連載「19世紀後半のイタリア文学についての覚書」に関して、発表者が特に注目するのはカルドゥッチに関する論考である。理由は主に次の3点である。①カルドゥッチは 、クローチェが生涯敬愛し続けた詩人であった。②1903年に«Critica»誌創刊号の巻頭を飾る評論として発表されたカルドゥッチ論は、『新イタリアの文学』に収録されない。③同じ連載の一環として、1910年に新たなカルドゥッチ論が発表される。そしてこちらは、『新イタリアの文学』に収録されることになる。クローチェの批評家 ・編集者としての一般的な傾向に鑑みたとき、同一の連載中に同じ作家を二度取り上げることも、連載記事を書籍にまとめる際に一つの評論だけ外してしまうことも、実は極めて不自然なことである。つまり、クローチェがカルドゥッチ文学を論じ直したことについては、背景になんらかの特殊な事情があったのではないかと考えられるのである。そこで着目すべきは、1910年のカルドゥッチ論の執筆の前に生じた、この問題と関連付けるべきいくつかの出来事である。1907年2月には、カルドゥッチがこの世を去っていた。1907年から1909年の間には、クローチェ美学の深化を跡付ける著作が、相次いで執筆・刊行されている(Filosofia della pratica『実践の哲学』、L’intuizione pura e il carattere lirico dell’arte「純粋直観と芸術の叙情的性格」等)。以上を踏まえた上で、本発表では、この時期のクローチェの文芸批評に関して一考を加えたい 。その際、このテーマに関する重要な既存の研究も参照しながら議論を進めることとする。なお、クローチェの文芸批評の日本語訳は 、 現在 、ほとんど存在していない。こうした事情を考慮し、発表者は以下のホームページ上に何本かの評論の抄訳を掲載する予定である。クローチェのテクストを直に読まれたい方は、是非これを参考にされたい。