ウエダ トシミ   Toshimi UEDA
  上田 寿美
   所属   京都外国語大学  外国語学部 ブラジルポルトガル語学科
   職種   講師
発表年月日 2024/10/27
発表テーマ アンゴラ帰還者のアイデンティティの所在—ドゥルセ・マリア・カルドーゾの小説『帰還』をめぐって
会議名 2024年度日本ポルトガル・ブラジル学会年次大会
主催者 日本ポルトガル・ブラジル学会
学会区分 全国学会
発表形式 口頭(一般)
単独共同区分 単独
国名 日本
開催地名 東京外国語大学
開催期間 2024/10/27
発表者・共同発表者 上田寿美
概要 本発表では、ドゥルセ・マリア・カルドーゾの小説『帰還』(O Retorno, 2011)におけるアンゴラ帰還者のアイデンティティに焦点を当てた。この物語は1974年のカーネーション革命後の植民地アンゴラの独立に伴い、本国ポルトガルへの帰国を余儀なくさせられたアンゴラ生まれのポルトガル人の主人公ルイの目を通して、本国への突然の帰国と混乱に見舞われた帰還者の苦難が描かれている。本国ポルトガルでの貧困から逃れて移住した両親を持つアンゴラ生まれの少年ルイが抱く本国のイメージが、アンゴラ在住時とポルトガル到着後では大きく変化する。サラザール政権下での植民地アンゴラにおける教育の中で本国は「ロシアまであるほどの大帝国」と教えられ、そのイメージは、アンゴラやその他の植民地よりも発展し繁栄した場所として特に植民地で生まれ育ったルイにとっては憧れの象徴であった。しかしながら到着時には本国の衰退を目の当たりにすることになる。植民地時代におけるポルトガルと植民地との関係性について、Ribeiro(2003)はポルトガルを「想像上の中心としての帝国」と位置づけている。ポルトガルは大航海時代に「非ヨーロッパ諸国にたして「ヨーロッパの顔」として認識されていたが、その後はヨーロッパの辺境に転落し、近代性を欠いた国家とみなされ、停滞し、象徴に過ぎなかった想像上の帝国になったとしている。小説『帰還』(O Retorno)では、帰還者たちはこうしたポルトガルの衰退を目の当たりにし、また、アンゴラでの白人としての人種的優越性による支配的な立場から、本国では”第二級市民”として差別される周辺的立場へと追いやられる。こうしてポルトガル人としてのアイデンティティが崩れ、アンゴラに対する両価的(アンビバレント)な感情を抱えたまま、それぞれのアイデンティティを再構築させていく。本発表ではポストコロニアル研究の観点から、Ribeiro(2003)により提示された「想像上の中心としての帝国」という概念を踏まえた上で、およそ500年に及ぶ植民地支配の過程で誕生したポルトガルについての「英雄的言説」と「喪失の言説」という二つの言説を辿りつつ、キンブンド語、ポルトガル語、クレオールなど、さまざまな言語で表現される白人帰還者のアイデンティティについて考察した。