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サトウ アキコ
Akiko SATO
佐藤 晶子 所属 京都外国語大学 外国語学部 英米語学科 職種 教授 |
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| 発表年月日 | 2025/11/30 |
| 発表テーマ | 占領期日本における公衆衛生と結核対策におけるジェンダー的視点 |
| 会議名 | 第126回日本医史学会学術大会 |
| 主催者 | 日本医史学会 |
| 学会区分 | 国際学会 |
| 発表形式 | 口頭(一般) |
| 単独共同区分 | 単独 |
| 国名 | 日本 |
| 開催地名 | 奈良県 |
| 開催期間 | 2025/11/29~2025/11/30 |
| 発表者・共同発表者 | 佐藤晶子 |
| 概要 | 本発表は、占領期日本における公衆衛生政策と結核対策を、保健婦・看護婦という女性専門職の役割に着目し、ジェンダー的視点から分析する。1945年、日本の結核死亡率は人口10万対280.3人と世界最悪であった。GHQ/SCAPの公衆衛生福祉部門はサムス准将の指揮のもと、医学教育の再構築や予防医学対策などの改革を推進した。保健婦は保健所を拠点に家庭訪問による結核患者の隔離指導や予防教育を実施し、結核死亡率は1950年の146.4から1952年には82.2へと43.8%低下した。また、デミングによる統計的品質管理の導入は民間製薬会社による抗結核薬の国内生産を可能にし、政府・産業界・大学・市民の協力体制が構築された。しかし、「保健婦」「看護婦」という名称や1948年の保健婦助産婦看護婦法に見られるように、医療・公衆衛生における補助的役割が女性に固定化されるジェンダー構造も温存された。占領期の改革は、女性専門職が公衆衛生の民主化と科学化に貢献し社会的認知を得る契機となった一方、性別役割分担の問題を内包する二面性を持つものであった。 |