カバタ シゲル   Shigeru KABATA
  嘉幡 茂
   所属   京都外国語大学  国際言語平和研究所
   職種   嘱託研究員
発表年月日 2021/02/26
発表テーマ メキシコ考古学とナショナリズム:コイントスから考える歴史解釈
会議名 1521「メキシコ征服」再考
主催者 専修大学人文科学研究所公開講演会
学会区分 地方学会
発表形式 口頭(一般)
単独共同区分 単独
招待講演 招待講演
開催地名 専修大学(Zoom開催)
発表者・共同発表者 嘉幡茂
概要 メキシコでは、16世紀の征服された歴史とその後の特異な文化的混血から、人種問題が複雑となり不安定なアイデンティティーが形成されている。特に中央政府は国民を統一するため、古代文化を取捨選択し、選んだ文化に過剰な栄光を与えてきた。テオティワカン(前150~後600年)からトルテカ(後900~1150年)へ、そしてアステカ(後1325~1521年)へと古代史を単系化し、これ以外の古代社会に政治的価値を見出さなかった。そのような公定の古代文化に歴史的な繋がりや文化的誇りを見出だせない周辺の人々は、政府が形成したナショナリズムを共有できず、アイデンティティー形成の拠り所を失っている。
 この好例の一つに、コイントスのかけ声(「鷲か、太陽か」)を挙げることができる。日本では「表か、裏か」、アメリカやイギリスでは「頭か(heads)、尻尾か(tails)」、スペインでは「表か(cara)、十字架か(cruz)」と言う。なぜ、メキシコでは「鷲か、太陽か」なのか。ここには、サブリミナル的手法を基に、上記の単系化を遂行する政府の戦略が隠されている。
 さらに、古代文化の取捨選択は、学術調査にも弊害を与えている。歴代の政府は、テオティワカンを古代国家の起源と定め、国家プロジェクトを率いてきた。この政策は、テオティワカン遺跡内の考古学データを増加させるが、先行社会や周辺地域のものを減少させる。そして、周辺地域の社会動向は中央の影響下にあるとの偏った観点(テオティワカン中心史観)が形成され、先行社会との歴史的連続性という観点の欠如を促している。
 「メキシコ征服」は、文化の衝突であり変容を引き起こした。これが強烈であり根本的であったため、政府は中央集権体制を盤石にしようとした。この「中央から周辺へ」の構図は、政治的側面だけではなく学問領域にも認められ、学術解釈にバイアスを生み出していると考える。周知のように、「メキシコ征服」は歴史軸の中で極めて重要な出来事である。そうであるがゆえに、この影響力は、私たち研究者の潜在意識にまで浸透しており、バイアスに自覚する必要があるのではないか、というのが問題提起である。